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馬耳南風

馬の産地である。正確に言えば「馬の産地であった」が正しいかもしれない。

岩手県北部と青森県南部、藩政時代でいう南部藩は昔からたくさんの良馬を産出したところだ。僕が小さかったころはその辺にも馬がうじゃうじゃいた。というのは嘘だがごく普通に厩のある家があって、よく馬を見かけたものだった。馬が糞をしながら道路を歩いていたのを見た記憶があるからいま思うと嘘のような話である。
小学生のころ、卓球の好敵手である友人が一人公民館で練習をしていたら(かくれ練習というやつだ)、金具のようなものを引きずってものすごい勢いで走って行く馬を見たと言った。「ヒヒーン」といななきながら走って行ったかは定かではないが、その大きさと迫力に圧倒されてとても恐かったのだとの談だった。
どこからか逃げてきた馬だったのだろう。そのあとをどこかのジサマが「こらぁー、待でぇー、どごさ行ぐー」などと言いながら追いかけて行ったかどうかはわからないが、馬に言葉をかけようが、走って追いかけようが捕まえられるわけはないのである。
つい最近(といってももう四十年ぐらいも前の話だが)までそんなのどかな光景が見られたものだ。いま、この地区に馬がいるという話は聞いたことがない。たぶん一頭もいないのだと思う。
ただ、この町が馬の産地であったという名残りは残っていて、ある地区にはまだ馬がいる。年に何回か、馬の競り市も開かれる。僕にとって馬とは生まれてはじめて競馬に行って五千円の馬券を当てたとか、"僕自身"が馬並みだとかいうことぐらいの縁しかないけれど、一般的に馬はだれからも好かれて畏敬の念さえ抱かせる動物であることには違いない。

「第三ランタンタン号」という馬がこの町で生まれた。昭和八年、いまから八十年前のことだ。それはとある農家の小さな厩で生まれた。競りによってある人物に買い取られ、現在の岩手県奥州市江刺区岩谷堂というところで育った。昭和十二年、支那事変が勃発。第三ランタンタン号は戦場に徴発され、「勝山号」となって国のために活躍した。
仕えた三人の連隊長はいずれも戦禍に倒れて命を落とした。そのたびに勝山号も瀕死の重傷を負ったが、加療によりその都度復活。四人目の連隊長となって勝利をおさめ、勝山号は日本に帰還する。戦場に出陣した軍馬は百万ともいわれる中、帰ってきたのは勝山号たった一頭のみだったということだ。

まぁ、そんな話があるわけだ。
産まれた馬をどこかに売り払ったのだから、売り払った時点でもうこの町には関係ない話だと言われてしまえばそれまでだが、馬の産地たらんとするそんなエピソードがこの町にはあって、やっぱりいい馬はこの町から産まれたのだ。
帰還したときはそれはもう英雄扱いだったといい、当時動物が与えられる勲章(当時はそんなものがあったらしい)としては最高位の「甲巧章」というのが与えられたらしい。

「馬子にも衣装」、「馬の耳に念仏」、「馬耳東風」……。
ロバと同じで馬というのはどちらかというとマイナスのイメージがあるけれど、滅多に見られない実物を見ていると、その瞳は優しく穏やかで、なんとも心が和むのである。
お馬の親子は仲よしこよし――。そんな歌もある。

この親子も仲がよくて本当に幸せそうだ。

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コメント

RE:さすらいさん
さすらいさん、ものすごい知識ですね〜。
サラブレットは足が細くて長く、骨折したらすぐに安楽死させられるぐらいしか僕は知りません。

下剋上だとか叩き上げみたいなのを人間は好むんですよね^^

  • 五郎
  • 2013/08/12 23:11

南部駒は戦国時代の馬としても有名で、今のサラ(サラブレッド)よりは少し小柄だったとか。
アラ(アラブ)に近いのかも知れませんね。
近代日本の戦争で活躍したのはアラ系です。
んで、小岩井農場は、
日本鉄道会社副社長の小野義眞
三菱社社長の岩崎彌之助
鉄道庁長官の井上勝 の三名の名前を合わせて小岩井なんです。
戦後の農地改革で「馬産を辞めること」で経営存続。それで、馬産地は北海道に移ってしまったんです。
アローキャリーがG1勝ったことで青森産も注目されてます。
小栗や雷電リーダーのような、劣血統で駿馬が出る事が面白くさせます。
平幕が横綱をコカすようなもんですw
競馬馬はアメリカでも経済動物として見られる傾向が強く、Ferdinandは日本に併用された後、ドックフードにされました(;´∀`)

  • さすらい
  • 2013/08/11 08:53

RE:Kakoさん
アメリカ南部・・・
Oh!『わが心のジョージア』ヽ(^o^)丿♪♪♪

  • 五郎
  • 2013/08/10 18:50

日本の南部は知らないけれど住まいはアメリカの南部です、、、、、

  • kako
  • 2013/08/10 18:01

RE:Kakoさん
町の秋祭りには馬が登場します。
日本で馬が見られる機会はお祭りのときか牧場に行くぐらいしかないですね。
「戸」にはそういう由来があったのです。
もしかしてKakoさんは南部にゆかりのある方?^^;

  • 五郎
  • 2013/08/10 06:55

RE:さすらいさん
僕が競馬場に行って馬券を買ったのは人生で一度だけでして、サラブレットにはあんまり詳しくないのです^^;(それでもなぜか口座は持っているという…)
南部駒ってやっぱり優秀な馬が多いんですねー。

「戸」のいわれは最近になって知りました。南部藩には九つの大きな牧場があった!
名馬の産地、さもありなん、です^^

  • 五郎
  • 2013/08/10 06:49

昔、住んでいたニューヨークではおまわりさんが馬にのって優雅にパトロールしていました。今でも五番街やパークのそばでは見かけます。
“戸”の意味が厩舎からとは知りませんでした。ちょっと賢くなったかな????

  • kako
  • 2013/08/09 13:56

今は「馬」ってば競馬馬の事を思う人が多い。
しかし、我が南部藩は仰る通り、馬産地。
競馬馬でもあのディープインパクトと同じ三冠馬なセントライトの馬産地です!
戦前ではあるが、最初の三冠馬はセントライトで小岩井産です。
女傑、ウオッカ。
この馬の先祖を辿ると、小岩井産のフロリースカップが出てくる。
ココからの牝系は強烈!
スペシャルウィークも小岩井牝系!なのです!
したがって、ブエナ・ビスタも小岩井牝系になるのです!
南部駒は恥ずかしくない!
地方在籍のまま中央G1取ったメイセイオペラは水沢ではあったが南部駒。
死んだ跡に偉業を讃えられた障害馬のバローネターフ(中山大障害5勝)は遠野で余生を送って鬼籍に入ってます。
南部駒は凄いんですよっ!誇りにもつところです!
因みに、一戸二戸三戸の"戸"
戸は厩の意味合いってゴロさんは当然、知ってますよね?

  • さすらい
  • 2013/08/09 11:02