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サバイバル

 なんで僕はこんなところで暮らしているんだろう、とこの時期になるといつも思う。
 冬が厳しすぎるからだ。雪こそ少ないものの、僕が感じるにこの町を含む岩手県北部は、本州一寒い地域だと思う。嘘だと思うなら一度ここに住んでみればいい。
 今年はその冬が一ヶ月も早くやってきている。

 僕には家族がいるわけでもなければ大切な恋人がいるわけでもないし、なにか重要な任務を任されてここにいるわけでもない。ただなんとなくここにいてアルバイトみたいなことをして糊口を凌いでいるだけで、生まれた場所だから愛着はあるにはあるのだが、こんな過酷な自然条件の場所にしがみついて生きている理由もないと言えばないのである。
 かと言って見るも無残な姿になってしまったオッサンが、これからどこか違う場所に行って幸せになれるとは到底思えないし、一縷の望みがあるとすればそれは宝くじを一発当てることぐらいである。僕は射幸心のかたまり、夢見るオジサンなのである。
 君たちは宝くじを買ったかい? お正月が来るまでささやかな夢を見続けるのもいいもんだよ。もし一等が当たったらこのブログを読んでくれた人に回転寿司をたらふくご馳走しよう♪

「スーパー爆弾低気圧」なぞと、僕がいつもお世話になっているスーパー銭湯○○湯みたいな名前のものすごい低気圧がやってきて、なりふりかまわず暴れまくるとテレビの中の天気予報士は言った。特に北海道がすごいことになりそうだとかまびすしく言う。
「雪かき確定か」と思った。できることなら予報が外れて欲しい。魚群が出てきて大当たり確定かと思いきや期待を裏切ってくれるのはマリンちゃんの得意技だが(なんのことだかわからない人にはわからないと思う)、こういうときの悪しき予報こそ外れて欲しいものである。

 予報は少しだけ当たって少しだけ外れた。
 雪も降ったし風も強かったがたいしたことはなかった。ただ明朝の雪かきは「確定」みたいだ。今シーズンの「初かき」である。
 今年は時間の帯と季節の帯が微妙にずれて進んでいる、と気づいたのは夏ごろだった。二週間ずれている――。
 つまり、サクラが咲くのが二週間ぐらい早く、梅雨入りも梅雨明けも二週間ぐらい早く、夏が来るのも秋が来るのも二週間ぐらい早く、果物の収穫も、山の恵もいつもの年より相当早く、秋が終わって人々が喪心状態になるのも早かった(ような気がする)。
 そして冬は一ヶ月も早くやってきた。十二月の上旬からこんなに雪があるのは帰郷後はじめてである。
 げっ、拷問みたいな冬に一ヶ月も長く耐えなくちゃならないの?
 ため息が出そうだが一ヶ月早くきたのだから一ヶ月早く去ってほしいと願いながら、この冬を乗り越える。
 朝起きたら凍ってしまっていた、みたいにならないように気をつけよう。
 僕にとって冬はサバイバルゲームみたいなものだ。
 二週間前に撮った写真を一枚。

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ときどき不安になる

 歯医者に通いだした。
 以前つめてもらった「銀色のヤツ」がことごとく取れてしまったのだ。一つ取れ、二つ取れ、ついにほとんど全部が取れてしまった。
 僕が前回歯を治してもらったのは五年前のこと。奥歯の激痛に耐えかねて「お願いですからなんとかしてください」と歯医者にかけ込んだ。数ヶ月通いつめ、そのときすべての虫歯を治してもらった。
 今回は痛みや臭いを感じたわけではなかったけれど(もしかしたら臭っていたかも)、穴だらけのスカスカ状態になってその不快さがどうにも我慢ならなくなった。「お願いですからなんとかしてください」とどこかで聞いたようなことをまた言って予約を入れ、今日が四回目か五回目になる。うー、お金が飛んでいく。パタパタパタ……
 温厚で誠実、若い先生だが僕は信頼を寄せている。ただ治療の最中にときどき気になる声を発するのだ。
「あっ」「おっと」……
 治療はまだまだ続く。


(五郎のひとりごと)
今日の文章短いねって? こんなのも今後ありかな^^ 書かないよりましじゃん。


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墓の下の柿の木

 牡蠣に“あたった”ことはないのだが、柿にあたったことがあるのは僕ぐらいだと思う。

 ひさかたぶりのブログ更新。
 最後の更新が九月二十七日のことらしいから、だいたい一ヶ月半ぶりということになる。
 その間、「生きているか」みたいなメールを何通かいただいたが、僕が死ぬわけがないではないか。仕事が変わってすこしばかり身辺が気忙しくなっただけだ。
 ある女性に「あなたのことは嫌い」みたいなことをいわれて落ち込んでいたせいもある。嫌いなものは仕方ない。

「柿の実を採ることを許可されたからその場所まで連れて行け」みたいななんだかよく意味がわからない電話が母からあったのはまもなく正午になろうとする時刻だった。
 ひさしぶりに十分な睡眠時間を確保し、「よっこら」とベッドからはいあがってカチカチとパソコンをいじっている最中だった。
 話をよく聞くと、渋抜きした柿が無性に食べたくなって親戚にその話をしたら、だれも食べないからお墓の近くにある柿の木から実を採っても差し支えないとの許可が降りた由、そこまで送迎して柿採りも一緒にたのむ、みたいな都合のいい話だった。その柿の木は小高い丘の上の共同墓地の少し下にある。
 僕にとっては東南アジアのどこかの国でワニとネコが喧嘩して困っている、みたいなどうでもいいようなことのように思えた。でもなんだかわからないうちに僕はそのことを了諾し、数十分後、母とふたりで墓地の下にある二本の木から柿の実をもいでいたのだった。
 輪廻――。ここの柿の木は“肥料”が豊富だからよく育つ。むかしはみんな土葬だったから、よく“人だま”もでたのだよね、なんてね。

 じつは僕がまだ幼いころ、父親とふたりでここにきて柿採りをしたことがある。
 とても寒い日で、ちらちらと雪が舞っているようなしぐれた日だった。柿の実もかなり熟していたからもう少し遅い時期だったのかもしれない。
 記憶というのはおもしろいものだ。母とこんなことをすることになって遠い昔のことが脳奥のハードディスクから呼び戻されるのだから。
 柿の木には登るな、もそのときに覚えたことだ。柿の木は「ポキッ」と折れやすい。
 むかし父とそんなことがあったと母に話してやったら、どこかの国でワニとネコが喧嘩をして困っている話を聞かされたような顔をしていたのだった。

 さて、柿に“あたった”話。
 父親とともに採ってきた柿を渋抜きして食べたのだけれど、その柿で僕は食あたりを起こしてしまった。
 それはひどい症状で、上と下から出るものすべてが出てしまい、しまいには胃液まででてくるような、“へずなくて、へずなくて(具合が悪くて、具合が悪くて)”のたうちまわるような苦しさだったのである。
 短い人生の中で、僕が食中毒らしきものに苛まれたのはあとにも先にもそのときだけで、それ以来、僕は柿がすごく苦手になってしまったのである。
 食べろといわれれば食べられないことはないけれど、自ら好んで食べることはいまでもない。
 父と一度、母と一度ずつ。
 柿嫌いなことを思えば、僕が柿採りなんかする機会はこの先もうないのかもね。嫌いなものは仕方ない。

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UFOに乗って

 脳みその底の部分に不快な澱のようなものがたまりはじめていて、頭蓋骨に穴を開けて新鮮なエアーをプシューッと注入したいような気分だった。
 作家の浅田次郎さんは、気分を切り替えたいときはふらりとラスベガスに飛んでギャンブルに興じるのだと、エッセイかなにかで読んだことがある。ギャンブルに没頭することですべての呪縛から解放され、悶々としていた頭がスッキリして仕事がはかどるようになる、というようなことだった。忙中閑あり。忙しくても「遊び」は大事ということだ。
 とはいえ僕がラスベガスに行けるわけがないから、せめてケータイの着信音を浜省の『BLOOD LINE』からプレスリーの『ラスベガス万才』に変え(これ、村上春樹フリークじゃないとわかんないよね)、ぶらりとでかけることとする。さわやかな秋晴れである。

 小屋にしまってあったUFOを引っ張り出す。
 だれにも話したことはないが僕はUFOを所有している。仙台にいたときに購入したもので、結構な値段だったがそのときは僕もちゃんとした仕事をしていて少しは裕福だった。
 アダムスキー型と呼ばれるもっともオーソドックスなタイプのもので、中古で購入した。何年式だったのかは忘れたけれど、千年ぐらいまえに製造されたものだったはずだ。UFOには車検証のようなものがないからいまとなっては知る術もない。

 ひさしぶりに乗ったが、油を差していたわけでもないのに乗り心地は快適そのものだった。
 燃料はいらない。ものを動かすのにエネルギーが必要だと考えるのはアメーバみたいな頭脳しかもたない人間が考える発想だ。UFOというのは人間には考えも及ばないある特殊な原理で時空を自由に移動する。「どこでもドア」に近い原理、ワームホールみたいなものを人工的に作って移動する。まあ、くわしいことを説明しても人間には理解できないだろう。

 二戸の合同庁舎近くのコンビニに立ち寄ると見たことのある人がいて外でタバコを吸っている。知らぬ顔をしようかとも思ったが、「○○さん」と声をかける。
 九戸政実を描いた『天を衝く』という小説を劇にして演じるのだそうだが、彼はそのエキストラとして出演するために近くの施設に練習に来たのだそうだ。限りなく「義理出演」に近いような印象を受けたが休みを返上して練習に赴くことに対して敬意を表する。まあがんばってくれたまえ。僕はこれからUFOで折爪岳を越えなければならない。

 山はまさにあき竹城(秋たけなわ)だった。
 今年は木の実が多い。家の周りのイチイの木も見たことがないほど大量の実をつけているし、クリやクルミ、赤いヤマボウシの実も見事なまでに生っている。
 人がいないのを見計らって車道を走ってみる。僕のUFOは車道も走れるタイプのものだ。
 小動物が道路を横切る。リスだろう。きみたちもがんばってくれたまえ。冬も間近だ。

「オドデ様の滝」前にUFOを着陸させ、パンパンと手を合わせる。オドデ様にたのめば探し物がすぐに見つかるらしい。僕がいま探し求めているのは休日に一緒に遊んでくれるパートナー。賽銭も投げずにお願いだけはしてきた。パパンがパン。

 今年は季節が二週間早く進んでいる。
 サクラが咲くのも、梅雨入りも、お盆が終わって寒くなるのも、クリの実が生るのも、人恋しくなるのも、涙が出そうになるのも、すべて二週間はやい。このぶんだときっと初雪も二週間はやいはずだ。

 二週間はやく季節がすすむ折爪岳を、小さなUFOに乗って降りてくる。いつものお風呂で汗を流し、自宅に戻る。
 着陸に失敗し、人さまの田んぼを少し荒らしてしまったようだ。稲も刈り取り間近。

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祭りのあと

「ブンセイジュウイチネン、ですか?」と、なにか不思議なものを発見したかのような口調で背後から訊ねてきたのは上品そうなご婦人だった。
 還暦は過ぎているだろうか。訛りがなく、着ているもののセンスやきれいに施された化粧からは、地元に住んでいる人間ではないだろうとの察しがついた。この町の秋祭りを楽しむために、どこか遠くからやってきたのだろう。
「町指定文化財 猿田彦命(天狗)立像 文政十一年 永井久右衛門作」と赤い衣を纏った大きな天狗様には書かれている。その所以を僕に尋ねてきたのだった。
 文政十一年というのが西暦でいうといつごろだったのかあいまいだったから、そこには触れずに僕の知る限りのことを話す。
「むかし、ナガイキュウエモンさんっていう天才的な彫刻師がいたんです」
「あ、ヒサエモンじゃなくてキュウエモンて読むのね」
「そう、キュウエモンです」
「この町に?」
「そうです。キミナリタという集落に住んでいた人です。君成田ってわかりますか?」
 いいえ、とこたえた彼女はやはりこの町の人間ではなかったらしい。人慣れした物腰は、やはりどこか都会的だ。
「すごい才能を持った彫刻師で、藩にも仕えた人です。あ、藩っていうのは八戸藩のことで、ここは当時八戸藩だったんです。サルタヒコノミコトがお祭りを先導するっていうのは全国共通でしょうが、こんな大きい木像が先導するっていうのはたぶんここだけだと思いますよ」言っている僕自信の鼻が天狗のように高くなった。
 古式ゆかしい雰囲気を醸し出す、このお祭りの行列を先導する大きな天狗様を、おそらくはじめて見たのだろう。その謂れに「あらぁ」と感激した様子だった。県の文化財には指定されていないと言うと、「なぜかしら」と口を少し尖らせた。僕らが思う以上にこの像の価値は高いのかもしれない。
 立像を“リツゾウ”と読んだ彼女に、それはリュウゾウと読むのだとも教えてあげた。
 咄嗟に口から出た僕の説明は、おおよそ間違いではなかったと思う。帰郷してから詰め込んだ知識も意外なところで役に立つものだ。
 ボンボンボン、と狼煙が上がり、合図とともに天狗様が動き出す。軽妙な笛や太鼓のお囃子が聞こえはじめ、馬が、人が歩きだし、神楽が舞い、大きな山車が動き出す。
 すべての観衆のまなざしは、天狗様に、そして続く行列に向かって微笑んでいた。

「祭りのあと」とはよく言ったもの。
 賑やかな時間が過ぎ去ったいま、強烈な寂しさに襲われている。なんかすげぇソーシツ感。

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