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食べすぎ

昨夜は何時に帰ってきたのか自分でもわからない。

さほど泥酔したわけでもなく、日付が変るほどの時間でもなかったと思うけれど、今日は休日だから時間を気にする必要さえなかった。
地元では有名であろう焼き鳥屋さんが会場で、そこに二十数人、見事なまでに男だけが集まった。
生ビールを飲み、焼酎の水割りを飲み、惣菜屋さんで売っているような大きなネギ間を食べ、鳥の水炊きのようなものを食べ、手羽先を食べ、すでに記憶から消え去ってしまった鳥の「なにか」も食べた。僕としては鳥以外の料理も食べたかったのだけれど、焼き鳥屋さんでの宴会だから仕方ない。おいしくいただいたのは間違いない。でもあまりに鳥だらけというか、鳥づくしだったものだから、僕は食べているうちに体中に鳥肌が出現するのではないかと思ったし、そのうち両腕に翼がはえてくるのではないかとさえ思った。
たらふく鳥を食べ、残りものまでお店で用意してくれたパックに詰めてちゃっかりいただいてきたのだった。最近、僕は動物性たんぱく質に飢えている。

気だるい朝だった。
二次会で飲んだウィスキーの水割りがよくなかったのか、それとも鳥を食べすぎたからか。むかしはしこたま飲んでも平気だったのに、最近じゃ少し飲み過ぎると地獄の朝を迎えることになる。トサカがはえていないか額のあたりをさわってみたがなにもなかった。
時刻はお昼少し前。ペットボトルのお茶で喉を潤す。テレビをつけたけれどどのチャンネルもわけのわからない通販番組だけだ。すぐに消す。
少し空腹を感じた。目の前には昨夜もらってきた鳥がある。ネギ間、手羽先、ササミのフライ……。白いビニール袋に入ったパックをあけ、貪るように食らいつく。昨夜に引き続いて鳥三昧だ。僕には本当に白い翼がはえてくるかもしれない。

ドブのように流れる時間が、降りだした雨でいっそうよどんだような気がした。まだ胸がムカムカする。静まり返った部屋の中で、聞こえてくるのは雨の音だけだ。静寂の中でだれかに話かけることもなければ話かけられることもない。一人の時間は慣れてしまったけれど、意外と話好きで賑やかなことが好きな僕にとってもっともつらく淋しい瞬間だ。賑やかだった時間のあとだからなおさらで、屋根から聞こえてくるザーッという音がそれに追い撃ちをかけるようだ。結構強くなってきた。焼き鳥を食べた手がべたべたする。

この時期だからもう営業しているであろう、あのお風呂に向かう。三百円。毎日営業してくれれば僕としては非常に助かるけれどあの状況で毎日営業するってのはだれが考えても無理だと思う。いつ行っても貸しきり状態だ。あのやさしいおじいさんは今年もあそこで働くことになったんだろうか。
去年の最後の営業日に行ったとき、スタンプが九個までたまっていた。今日行けば次の入浴料は無料になる。
「これ、去年ここまでたまってたんですけど……」そういってこのカードを差し出そうと心に決めていた。去年のカードがそのまま使えるかどうか不安だった。
おじいさんの姿はなく、受付にいたのは同じく去年、ここで働いていた元気なおばさんだった。半年ぶりに顔をあわせる。なんだか懐かしいような気分になる。
小銭入れから三百円を取り出し、忘れてはいけないカードと一緒に差し出す。今日、はじめて発する自分の声だった。

「コケ、――――」



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黎明

FMから懐かしいメロディが流れてくる。

僕は彼女の大ファンだった。デビューしたてのころの彼女は本当にかわいかった。
近くに本屋さんはなかったけれど、親にたのんで『明星』や『平凡』を買っもきてらっては彼女のあらゆる情報を集めたものだ。
どちらかというと地味なアイドルだったけれど、彼女はやがて関取と結婚して相撲部屋の女将になった。そういえば僕は中学生のときその関取に似ているとよく先生方にいわれたものだ。

お、NSPじゃないか。
彼らは岩手県内にある高専の出身ということで当時はえらい流行ったものだ。「FMリクエストアワー」というラジオ番組があって、ませていた僕は「ラジオ付きカセットレコーダー」で毎週「エアチェック」に励んだものだ。いまではエアチェックという言葉さえなくなった。

おーおー、杉山清貴かい。くー、泣けてくるね。
忘れもしない、僕がまだ二十一、二のときに男女何人かでコンサートに行ったね。集団デートみたいなものだった。大きな体育館でのコンサート。ずいぶん前の席だったけれどステージから投げられたギターピックはゲットできなかった。

(――エイ・オー・アール)

この女性DJも都会的で洗練されてて好きだねー♪
やっ、ややっ。YAZAWAにユーミン? しかも荒井の時代のユーミンじゃないか。ユーミンにも行ったなー。

――――♪♪♪

げ! もう四時!? やべ、もう寝なきゃ。いい年して僕はなにをしているのだ。

ラジオをつけっぱなしにして雑誌をパラパラとめくったり、ネットサーフィンをしたり、猫の毛づくろいをしたり……。布団に入ってからは明け方まで読書をする。
この一ヶ月ですっかり夜更かしの癖がついてしまった。

やっと仕事が決まって今日からはまた普通の生活。
外が明るくなってきた。やべ。

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折爪五郎たるもの

折爪岳の名前の由来というのは諸説あるようだ。

むかし粛清されそうになったある人物が、身を潜めようとこの山に逃げ隠れたものの捕らえられてしまってそこに押し詰められた。「押詰」(おっつめ)からきているというのがどうやら有力らしい。
ネット上での情報だけれど、ちゃんと文献も残っているということだから、たぶん事実に近い話なのだと思う。そこで首を切られたのかもしれない。
僕がいつもお世話になっている折爪岳は、実は血の臭いのする呪いの山だったのだ。ホタル鑑賞に行ったら生首の一つや二つ、ホタルに混じってフワフワと舞っていてもおかしくはない。あー、オソロシヤ。

「押詰」(「織詰」ともいったらしいけれど)がなぜ「折爪」になったのか。
「押詰岳」ではたしかに表記上好ましくはない。だれも近寄りたくないような名前になってしまう。富士山を「不治山」とでも書くようなものだ。遭難してしまったとしても「だから言ったこっちゃない。あたりまえじゃないか、押詰岳だもの」と一笑に付されてしまう。「折詰岳」では仕出し屋さんみたいだし――。

「押詰」から「折爪」へ。
むかし一人の武士が山を越えようとしていた。
途中、ひどい喉の渇きにおそわれる。水を求めて山中をさまようが、探しても探しても沢や泉は見つからない。
ふとみると一軒の小屋があるではないか。だれかが住んでいる気配がする。命拾いをした思いだった。
住んでいたのは一人の山姥だった。水を分けてくれと懇願するが、山姥はかたくなにそれを拒む。なぜだかはわからない。へんなやつだ。
あきらめて再び山中をさまよう武士。だがついにがまんできなくなって水が湧くまで土を掘ってみることを思いつく。
刀はある。しかし刀は武士の魂、命よりも大切なものだ。刀で掘るわけにはいかない。仕方なく武士は素手で掘りはじめたのである(僕ならそのへんに落ちてる棒切れで掘るけれど)。
一尺、二尺、三尺……。あまりの喉の渇きに意識は朦朧、体力は消耗する一方である。指先が割れ、爪も折れた。
どれぐらい深く掘ったころか。土の中からこんこんと水が涌き出たではないか。
しかし、精根尽き果てた武士は水を口にすることもなく、その場で息絶えてしまったのだった。爪が折れるまで土を掘ったことから、いつしか民衆はその山を「折爪岳」と呼ぶようになった。
清らかで豊かな水は、いまでも絶え間なく湧き続けている。

「なんだよ! やっぱ気味の悪いいわれのある山じゃないか! 武士が死んだところから水が湧いているなんて!」と無粋なことをいうものではない。
文献などあるわけもなく、あくまで昔話の域を出ることはないが、僕が住む集落にはこんな夢のある話がいい伝えられているのだ。

リニューアル後のこのブログ。最初になにを書こうかとあれこれ考えたが、折爪五郎たるものやはりこの話からはじめなければならない。
焼酎の水割りを飲みながら思ったのだった。



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