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今年もお世話になりました

 百円未満の端数が出たら小銭入れからジャラジャラを出そうかと思ったけれど、三冊分の合計代金はちょうど二千四百円だった。
 僕は手にしていた漱石三枚を、レジに立つ店主と思われる初老の男に差し出した。
 その男の「ありがとうございます」はいつもよりていねいだったような気がした。慇懃とまではいかないけれど、「ありがとうございます。本当にありがとうございます。これで私もなんとか正月が迎えられます。ありがとうございます旦那様」みたいに聞こえた。
 よく行く小さなショッピングセンターの中にある書店だが、経営が楽ではないのは想像に難くない。都市部の大型店でさえ、商いが立ち行かなくなって次々と閉店していくようなご時勢なのである。
〈釣りは取っとけ。まあ、いいってことよ。年末年始にはお孫さんもどっかから帰って来るんだろう? 少しだがお年玉の足しにでもしてくれ〉と言ってやったような対応だったが、言ったわけではもちろんない。そんなことをしたら僕自身の“経営”が立ち行かなくなる。
〈苦しいだろうががんばってくれ〉心で思い、〈おまえに言われなくてもがんばるよ〉返されたような気がしたので、買い求めた週刊誌と文芸誌二冊が入った分厚い紙袋を小脇に抱えて僕はそのショッピングセンターをあとにしたのだった。
 二十七日のことで、人の往来がいつもより多く、年末独特の雰囲気を醸し出していた。

 去年もそうだったけれど、一人者にとって九日連続の休日というのはさすがに長すぎる。
 僕を取り巻く環境が去年と大きく変わったのは、なけなしの給料が日給制から月給制に変わったことである。つまりその月の稼働日に変動があろうが労働の対価は変わらない。ゆえに働けないことに対する焦りみたいな感覚はないのだが、かといってありあまるほどのサラリーをたっぷりといただいているわけでもない。この休みを利用してどこかに遠出するなどは夢のまた夢、うずらがハワイ旅行に行くような夢なのである。
 一人だと大掃除にもなかなか身が入らない。適当に片付けて終わりにした。誰かと会話を交わすわけでもない。言葉を忘れてしまうかもしれない、と冗談じゃなく思うこともあるのだ。口を閉ざし、休みがあけたときには僕はホタテのような貝になってしまっているかもしれない。

 この年末年始は読書に勤しむことに決めた。
 そのための書籍を買い求めるために、僕は書店に赴いたのだ。二千四百円分もの買い物は僕にしては大きな買い物だが、この長い休みの期間中に脳みその組織が破壊されないようにするための必要経費。
『週間文春』『オール読物』『小説現代』。これをぺらぺらめくっていれば、九日間のアンニュイな時間は優につぶせる、はずである。
 ということで、長期休暇も今日がちょうど中日。おかげさまで退屈することなく、無事に新年も迎えられそうです。
 今年もお世話になりました。

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