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仕上剤

「レノア」に「ファーファ」に「フレア」、「ソフラン」とか「ソフター」っていうのもある。商品名を出すのはいかがなものかと思うけれど、個人のブログだから世間には何の影響も及ぼさないだろう。洗濯用柔軟剤(なんか中国語みたいだ)の名前だ。
 尾籠な話だけれど「加齢臭」というのがあるらしく、たまに自分のそういう臭いに気づくときがある。自分で気づくときがあるぐらいだから、周りの人(特に女性)の迷惑と苦痛は如何ばかりかと思う。
 加齢臭というのは女性にもあると僕は思うのだけれど、女性のそれは年を重ねてもたまらなくいい匂いになるものだから、「加齢臭」なんてデリカシーのない名前で呼ばれることはない。たまに(ごくたまに)上品でいい匂いがする女性に出会ったりすると男というのは一発でコロリといく。女の匂いは武器である。
 中学生になると男女別の授業があった。
 体育もそうだったし、僕らの時代は技術と家庭というのがそうだった。
「おどごかまりがする。まどあげで!(男の臭いがする。窓を開けて!)」
 授業が終わって「男組」の教室に入ってきた「女組」にそう言われたことがある。基本的に男の臭いというのは若くても不快に感じられるものなのだ。だからあえて「加齢」なんて修飾しなくてもよさそうなものなのに……。
 最近、僕が使っている柔軟剤は「フレア」。いろいろ使ってみていま一番気に入っている。この柔軟剤、いまでは各種メーカーから実にさまざまな種類のものが発売されていて、同じ商品の中にもさまざまな香りのものがある。むかしは「モノゲンユニ」か「ソフラン」ぐらいしかなかったように思うけれど恐るべし商魂。そのぶん消費者は選ぶのに難儀する。
 僕がいま探し求めているのは香り。もちろん、加齢臭対策である。
 洗濯物を買ったばかりのタオルのようにフワフワにしようとはあまり思わないし、パンツをやわらかくしたところでだれかにほめられることも人前でお見せすることもないのである。
 試行錯誤の結果の「フレア」である。実にいい香りがする。「○○の香り」とはあったが僕にはなんのことだかわからない。いろんな香りの素を混ぜて作っているのだろう。経済力とか精神状態、バイオリズム、そんなものを総合的に勘案すると、いまの僕にとってこれがもっとも適合性と妥当性を兼ね備えている(そんな大げさなものではないけれど)。
 オジサン、キモイ、加齢臭……。
 時代とともに男には侮蔑的な意味を孕んだ言葉が次々と生まれてくるのである。

 チューリップを観に行く。
 広い広い園にはじつにカラフルなチューリップが十五万本。いままさにピークを迎えている。加齢臭がするようなオジサンでもやはり花は美しいと思うのである。背後では大きな風車がまわっていて(電気でまわっているのだが)、さわやかな風に濃密な花の香りが運ばれてくる。
(あ、花の香りって久しぶりだ)
『アナと雪の……』を観たあとのように(ディズニーはいいねえ♪)、すさんだ心が洗われて、「フレア」でもかなわない上質な柔軟剤で仕上げられたような気分がしたのである。

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爛漫

 何もすることがなくて暇をもてあます。人がそうしていて正常な精神状態を保てるのはせいぜい二週間だ。実体験からそう思う。
 当初のうちは部屋を少していねいに掃除したり、DVD(変なDVDではない)を観たり、ゆっくり読書に勤しんだりするが、やがてそれも飽きてきて次第に欲求と時間のバランスが崩れてくる。ほとんど会話を交わすこともなく、社会からの孤立や疎外感を感じるようになり、やがてそれは罪悪感のようなものに変わり、ややもすると精神のバランスさえ崩しそうになる。“独居老人”などとよくいうが、僕だって立派な“独居中年(熟年?)”だ。
 けれども僕は週に二日、神楽仲間と親交を深めているから、だれとも会わずに一人貝のように口を閉ざすという事態にはおかげさまで陥っていない。神楽は神の舞だ。僕は知らずしらずのうちに神様に救われているのだ。
 それにしてももう四月も下旬だ。僕の「フリーライフ」も三週間を過ぎたことになる。好きでそうしているわけではないが世の中には自分だけの力ではどうしようもないことというのが存在する。人間というのはとても小さな存在で、一個人が消えてしまったところで何もなかったかのように世の中は普通に動く。消えてしまって悲しいのは家族だけで、僕にはその家族さえいない。そんなことを思いはじめるとキリがないから午前中のうちにお風呂にでかけることにする。天気もいいし、昨夜、鹿肉をごちそうになって心なしか体内が脂っぽい。
 十時を少し過ぎたあたり。浴場にはすでに先客がいて、数人の“老人”が体を洗ったり湯船に浸かったりしていた。この時間にお風呂に来ているのは決まって高齢者だ。施設の敷地内にあるゴルフ場(パークゴルフだけれど)にはずいぶんとたくさんの“カラフルな老人”たちが集まっていたようだけれど、この人はゴルフなんか嫌いなのか。きれいに着飾って体を動かせば健康にもいいし、恋に落ちることだってもしかしたらあるかもしれない。パークゴルフとは「恋のかけひきごっこ」だ。はたから見ていると僕の目にはそう映る。でも男女入り混じって色目を使うこともときには当然必要だ。
 この人は毎朝この決まった時間に、一人お風呂に通いつめているんだろう、消極的な老後だ、などと思うと同時に似たような境遇の男が一人。しかもまだ若い。僕のことだ。
 やがて先客はすべていなくなり、浴場は僕一人だけになった。小さな露天風呂に浸かる。山の斜面から見下ろす集落にはパッチワークのような畑がたくさん見える。山々は新芽が萌し、茶から浅黄に色が変わりつつある。ところどころに白い花を付けた木が点在しているのがわかる。コブシだ。
 コブシが早く咲くと「ケカツ」(飢渇)になるという言い伝えがあるらしい。だがそんなことは迷信だろう。今年は桜も早い。一ヶ月前には一メートルはあろうかという大雪が降って失望さえしたが蓋をあけてみればこうだ。人生に決まりがないように、自然界の流れを読める人間などいないのだ。今日、この集落の桜の開花をここに宣言する。
「マイブーム」と言ってしまえば陳腐だが、風呂上がりにここの休憩室でタバコを吸い、コーラで水分を補給しながらしばらく読書に耽るのが最近の僕の効率的な時間の過ごし方になっている。窓を開けると爽やかな風が吹きこんでくる。ヘッピリムシ(屁ひり虫−カメムシ)が入ってくるかもしれないと思ったけれどそれはなかった。ウグイスが鳴きはじめ、早くもヘビが轢かれて道路にのびていたのを見た。お互いに気をつけなければならない。いろんな意味で。
 防災無線から『恋はみずいろ』が流れた。そろそろ帰ろう。仕事も決まった。僕の人生は綱わたり、いや春爛漫?

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解毒

 今年は雪が多かったから折爪岳にはまだ雪がたくさん残っているだろうかと久方ぶりに山の方に行ってみれば沢が増水していたのだった。
 瀬月内川に注ぎ入る沢が何十本あるのか何百本あるのかわからないけれどもこれだけの水があちらこちらから一気に流れ込むのだから本流もあれだけ増水するのはあたりまえかと納得する。
 山にはやっぱりまだたくさんの雪が残っていて道路脇には雪渓というのだろうかまだ大きな雪のまとまりがあり、さてとこの辺でと車を降りてみると意外なところに水が流れているのを発見し、「あれ、こんなところに沢があったかな」と、ふと思ったけれどそれはたぶん普段は流れていないかごく少量の水が流れていたところに雪解け水が集まって流れ出して新しい沢のようになったところを僕に発見されてしまったのだろうと思った。
 ここに水が流れて新しい沢ができようが今度来たときにはそれもなくなって「ああ、やっぱりここは沢じゃなかったのだ」と気づこうがまあたいしたことじゃないと思いつつ、錆びて朽ち果てそうになった草取り鎌とビニール袋を準備して本来の目的である作業にとりかかったのだった。
 山菜を食べると冬のあいだに体の中に溜まった毒素が抜けるとかなんとかいつか誰かが言っていたような気がするけれどもそれは根拠があるのかどうかわからずおそらくは根拠も何もないことだと思うのである。
 でも僕は再びここで暮らすようになってからは毎年山菜を食べているのだった。それは自分で採ってくることもあれば誰かからいただくこともあるのだけれどもそれもどうでもいい問題なのであった。
 体に毒が溜まっているとは思わないのだけれどもアクとクセが強くて小さいころにはとても食べられなかった葉っぱや茎を食べるとたしかに体の中から何かが抜けていくような感覚を覚えるのであった。熊や鹿などの獣たちもこれからこれらのものを食べて体から何かを排出するのだろうか。
 まあこれは山菜と呼べるような代物ではないと思うのだけれど自分で採ってくる山菜の中のひとつであって子供でも年寄りでも簡単に採れるのだった。山に入らなくても道端にでも空き地にでもどこにでも生えているからなのだがそのようなところに生えているものは土埃をかぶっていたり何をかぶっているかわからないものだから美味しいものを食べたいのならやはり美味しく育つ環境のところに生えているのを採るべきなのである。山に生えているものも熊の糞やら鹿の糞やらをかぶっているかもしれないけれどそっちのほうがまだましとこうして山に来たのだった。そして知らないところに沢が流れていると……。
 価値の低い山菜でもあるし無数に生えているものだから採りやすいことこの上なくほんの十分間のうちに目的を達成し、さっそく家に帰って粉を溶き、それをまぶして油で揚げ、大根などをおろしてつゆにちらし、浸して食してみれば苦労して山に行って採ってきただけあってあの臭い葉っぱの印象はつゆほどもなく、とは言ってもあのアクとクセはしっかりと主張してくるあたり、「うんうんこれこれ、この味」などと思いながら小さく揚がった丸いものを二、三個口に放ってはほくそ笑み、体の中から何かが抜けていくような感覚を覚えるときやっぱりあの話は本当なのだと実感するのだった。
 これからしばらくはボウナとかシドケとかミズとかとまた付きあうことになると思うとうれしくなり、残ったものはザルのまま神楽仲間に持って行ってやれば、それを食べた仲間もまた「春だねえ」などと言いながらやはり何かを感じ取っていた趣だったようである。

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平成枯れすすき

 落胆、不安、ため息……。
 こんな思いをこの数年のうちに何度繰り返してきたことか。
 四回それとも五回。いや、ざっと数えただけでももっとある。期限付きの日雇いのような仕事を続けては糊口をしのぐ。命をつないでこられたことに感謝はするが、その仕事も昨日で終わった。今日からまたしばらく僕の彷徨が始まる。
 仕事を終えてコンビニに立ち寄り、家計は最大のピンチを迎えているというのに、三百いくらもする本物のビールを一本買い求めた。明日からはタバコも値上がりするらしい。二箱買ってささやかな抵抗を試みる。
 滅多に飲むことがない大黒様のような名前のビールは、黄金色の輝きを缶から放っていた。

 テレビをぼんやり眺めながらビールを飲んだ。高いビールだがなんだか切ない味がする。
 コンコンコン。ふと誰かが窓を叩く音がする。彼女が訪ねてきたのだ。
 呼び鈴も何もないこの家に、訪いを知らせるには大きな声を出すか、こうして窓を叩くしか術がない。控えめな力加減でコンコンコン、と三度。彼女だ。
「こんばんは」
 薄手のダウンを羽織った彼女がいた。
「ちょっと待って」
 言いながら僕は散らかった部屋を簡単に片付け、コロコロを数度回した。うずらの毛が蔓延っている。「やあ、来るなら連絡してくれればいいのに」

 彼女とは半年ほど前に知り合った。
 世間知らずで教養もないけれど、頭はいい。教養と頭の良し悪しは別物なのだ。
 気が効いて僕にないものを兼ね備えている人で、親御さんと同居している。普段はとある農家で土まみれになって働いていて、その手間賃を唯一の現金収入にしている。一日働けば五千円もらえると言っていたから、ひょっとしたら僕よりも稼ぎはいいのかもしれない。
 日が長くなったとは言えまもなく七時半で、こんな時間に出歩いていていいのかとも思ったけれど、その辺はうまく言って家を出てきたんだろう。僕より十歳以上も若いとは言ってももう大人すぎるほどの大人だ。
 僕の好物である「イカ下足揚げ」と缶ビールを差し入れに持ってきてくれた。一人で飲んでいたものとはまた別銘柄の、「高い」缶ビールだった。
 今日で勤めが終わりだということを知っている彼女なりの配慮と慰め。
 彼女も「飲む」と言った。
「飲んだら帰れなくなるだろう」と言ったけれど、それ以上は何も言わずに「ゴツッ」と二つの缶を傾けた。何に対して乾杯しているのかよくわからなかった。

 彼女を抱いて眠りに就いた。
 目を覚ますとベッドに彼女の姿はなく、勝手からいい匂いがしてきた。味噌汁のいい香りだ。
 おはよう、と声をかけると「冷蔵庫がカラね」、と少しあきれた風の返事が帰ってくる。「ウルイ、味噌汁の具に使ったからね」
 ウルイは数日前に産直から買ってきたものだった。ハウスものだろう。白色に近い、薄い黄緑色をしていた。
 居間でタバコを一本ふかし終わったのち、立ち上がってまた勝手に向かう。彼女の背中に声をかけた。「なあ、俺と一緒にならないか?」
 沈黙の刹那――。
「そうね、今あたしを逃したら、あなたはもう一生浮かび上がれないわね」
 そのあと僕たちは何もなかったように、二人で朝食を食べた。


 という真っ赤な嘘。エイプリルフール。ひゅ〜ひゅ〜♪
 春だねえ〜。

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春子さん

 どこぞやの国に大きな隕石が落ちてきて、甚大な被害を及ぼすことがあるのが自然界なのだから、この地に数度のドカ雪が降ってもなんら不思議ではない。
 むしろ普通のことなのだ、いや隕石じゃなくて幸いだったと思うべきだ、などとわけのわからない屁理屈で自分を納得させ、小ぶりになったお昼ごろを見計らって僕は雪かきをはじめたのだった。
「これもいい運動になる」
 最近の僕は何に対してもすごく前向きである。

 それにしてもよく降った。
 記憶が正しければ今年のドカ雪は三度目だ。それも一度に六十センチとか七十センチとかのここではめずらしい量の雪が降ったのだからいやになる(あ、いやにはならない。僕はいつでも前向きなのだ)。
「弥生ももう下旬、今日はお彼岸の中日だっちゅうに、ここに来てこう来るとは思わなんだ。この雪じゃご先祖様の墓参にも行けやせん。土佐の国ではもう桜が咲いたと言うに、なぜにおらほばかりがこうなるんかのう。なかなか春はやって来んのう、ばあさんや」と、最近読んだ昔話に影響されてそんなことをブツクサ思いながら、一向に減らない雪をスコップでかき分けたのだった。車は完全に埋まっている。

 春子さんはいつもそうだ。思わせぶりなサインを送ってきてはその気にさせる。
 時に流し目を使ったりウインクをしたり、徐々にエスカレートしてきて深いスリットが入ったスカートをはいてきたり、デコルト部分をやけに強調したり……。
 デートしてやってもいいとその気になって、待ち合わせ場所に行ってみると、「やーい、引っかかったな」みたいなメールが飛んでくる。
 春子さんっていうのはそいうものだ。だから僕も最近は過度の期待はしないようにしている。どうせいつかはやってくるものだし、どんなにたくさん雪が降ったっていつかは消えてなくなる。

 だが老化現象が始まった体にとってこの作業がきついことは疑いようのない事実で、一時間したところで息が切れ、苦しくなった。
「いかん、いかん。なぜに僕はこんなにムキになって雪かきをしているのだ。なあ、ばあさんや」と、ハッと我に返り、部屋に戻って水を一杯飲み、タバコをふかしながら手元にあった浜田省吾のDVDを観ていたら、なんだか自分が浜田省吾になったような気になってパワーがみなぎってきたものだから、また外に出て雪かきを再開したのだった。

 ハッ、なぜに僕はこんなくだらないことを書いているのだ。
 明日は同級会もあっていろいろと忙しい身なのだ。

 脱出。

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